Doshisha University
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著者: 小野 恭子

奈良派。

  • 投稿日: 2018年11月16日 著者: 小野 恭子

奈良に住んで11回目の秋を迎えました。
いいところです。
とかいって、ホントのことを言えば、東京にいたころは“奈良県”の場所を考えたこともなかったのです。

2008年夏、東京の大学にあった研究室が10月に同志社に移ることが決まり、あわててネットで京都市内で住処を探してみたものの、なかなかピンとくるものに当たらない。
とりあえず、研究室の引っ越し作業だけでも大変なので、私の家探しは研究室が移ってからでもいいかな…と思っていました。
たまたま仕事の関係でよく連絡をとっていた大阪の方から「引っ越し先はみつかりましたか?」と聞かれ、「京都で探してみたんですけど、なかなかねぇ」とお答えすると、「おのさん、木津川市ですよね?それやったら京都より奈良ちゃいますか?」と。
奈良?
奈良ってどこだっけ?
というのが正直な気持ちで…今思えば、ひどい話です。
そのときすでに9月も半ばになってました。

あわてて調べてみると、研究室の移動先の “木津川市”は京都府の最南端で隣は奈良市。
では、奈良市で探してみるか…と検索したところ、1件だけ、これなら住んでみたい!という物件にあたり、9月下旬の大阪出張の際に内見して、もう心は決まりました。
研究室が10月1日に始まることもあり、私がその家に入ることはできたのは、10月4日でしたけど。(それまでは、けいはんなプラザホテルに泊まってました。)
さらに、東京の家財を奈良に移動させるには行ったり来たりしながら2ヶ月を要したのですが、今もまだ、10年前の怒涛の流れは鮮明に記憶に残っています。

そんな流れにのって住むことになりましたが、10年の間に奈良の四季は私の中に刻み込まれ、今なお新鮮に映ります。あまり奈良でゆっくりできる時間がなかったからかもしれませんけど。
奈良の歳事は挙げればキリがないですが、私が毎年「確認」しているのは、東大寺の修二会(お水取り)と正倉院展。お水取りがなければ春が始まらないし、正倉院展がなければ秋が深まらない。そして、毎年「確認」するたびに奈良に住めたことの幸せをかみしめています。
「わたしは、奈良派。」
という近鉄の広告を見るたびに、「はぁ~い!」と心の中で手をあげ、11年目も楽しみます。

大好きな景色(大仏池周辺の紅葉と大仏殿と若草山)

ちなみに。
“お水取り”について語るとしつこい!長い!と皆さまから苦笑いされますので、その話はまた今度。

大好きな景色(修二会の松明が上がる階段下)

あったかもしれないけど、なかったかもしれない

  • 投稿日: 2018年04月13日 著者: 小野 恭子

今年は久しぶりに大河ドラマを見ている。
『西郷どん』ですね。
まったく期待もせず、第一話をなんとなく見ているうちに
子役に引き込まれてしまい、続けて見ることに。
第二話では、すでに大人になってしまってたのだけど、
たぶん、このあたり(時代)のことが好きなのかも。

前回、ちゃんと通してみたのは『八重の桜』(2013)。
もう5年前になってしまうのか!
とはいえこれはまだ、私の中では終わってない。
最後の3回を残していて…というと、よく笑われるけど。
ジョーが亡くなってしまうのがわかっているので、
つらくて進めないのである。
いや、すでに亡くなってますけど!とみなに言われるけど。

高校生のころ司馬遼太郎にはまり、読書といえば歴史小説だった。
歴史のおもしろさは、あったかもしれないけど、
なかったかもしれない…の想像の余地があるところ。
たとえその時代に生きていたとしても、
すべての真実や事実がわかるわけではない、
どの立場にいるかで、見える景色も違うだろう。

そう思いつつも、司馬さんの描く歴史小説に説得力があるのは、
その裏に膨大なデータが積まれているからに違いない。
関西にきて、自分の車を手に入れて、すぐにドライブした先は
東大阪にある司馬遼太郎記念館だった。
11メートルの高さを突き抜けた書架にギッシリの書物は圧巻で、
それでも彼の蔵書の3分の1と聞いて、ただただ驚いた。
このデータの中から、時代と人を汲み取り、
何度も何度も濾して、創りあげられた世界だったのだなぁと
あらためて高校時代に出会えた書物の貴重さを実感した。

とはいえ。
それらのデータがすべてではない。
実は、母方の曽祖父が司馬さんのとある小説に出てくる。
その書かれようが、母方の、
とくに母の姉たち(私にとっては伯母たち)にはたいへん不評で。
孫から見た祖父は、そんな人ではなかった!のだろう。
仕事で見せる顔と、孫に見せる顔が違うのはしかたない。
そこまでは司馬さんも拾えなかったよねぇと、曾孫は冷静。
司馬さんにぶちぶちと文句を言いつつも、
彼女たちはその小説がテレビドラマになったときは、
もちろん全部録画していたようで、孫ゴコロは複雑である。

もうひとつ告白すると、高校時代に一番お気に入りだったのが
『竜馬がゆく』で、伏見の寺田屋には何度も足を運んだ。
なので、どのドラマでも、誰が竜馬を演じるか、
どんな竜馬を演じるか…は、とても気になってしまう。
今のところ、この竜馬こそ!と思った人は一人もいない。
さて、今回の『西郷どん』の竜馬はどうなることでしょう。
(何目線?)

追伸。
たまに「すんもはん。心して尽くしもす。」と口に出したいくらい、
鹿児島弁も気に入ってます。

 

快風館前の桜2018


ちなみに、赤ちゃん学研究センターが入っている『快風館』は
ジョーが脱国を決意して乗った北海道行きの船『快風丸』から名付けられている。

 

記念館の庭にある花供養碑

司馬遼太郎の詠んだ句、自筆。

宇宙で唯一の物語

  • 投稿日: 2017年05月17日 著者: 小野 恭子

ひさしぶりに会った友人と出産時の話になった。友人夫婦はともに背丈もあって、がっしりタイプ。そんな二人の赤ちゃんも、おなかの中にいるときから、ビッグサイズだった。生まれるまでの2ヶ月ほどは里帰りをしていたから、最盛期を見ることはできなかったが、里帰り前に会った時でさえ、立派なおなかぐあいだった。本人の申告によると、出産直前は笑えるほど大きかったとか。

そんな大物の赤ちゃんは、予定日などに振り回されず、悠々として、予定日を1週間越えても出てこなかった。彼女の方は絶対安産に違いないと思われる見かけなのだけど実は見かけ倒し…骨盤が狭かったらしい。予定通りだとしてもビッグサイズになってたのに、さらに1週間も成長してしまった赤ちゃんの頭はとても通ることができず、結局おなかを切ることになった。

出産ストーリーは、これまで数々聞いてきたけど、誰の話もスリリング…。目の前でにこにこして話してくれているのが不思議なくらい。そしてどれひとつ、同じパターンなどない。お母さんの身体の条件がみんな違うし、その中で育っている赤ちゃんだって、みんな違うからね。

お母さんの身体は工場ではない。だから、同じものを同じように生産することなんてできない。むしろ宇宙のようなもの。いろんな偶然と必然がからみあって小さな生命を育んでいく。

10ヶ月ちょっとの月日、その宇宙にふわふわと浮いている間、赤ちゃんにもいろんなストーリーがあったことだろう。それは誰も聞いてあげられないけど、赤ちゃんの身体には刻まれる。

そして外へ!
母にとっては出産、赤ちゃんにとっては新しい世界への旅立ち。その道のり、それぞれが、宇宙で唯一の物語。

みんな、そんなに違うストーリーを紡いで子どもと出会うのだから、子育てだってさまざまでいいじゃないかと思う。子どもの育ち方も、いろいろでいいじゃない。

子どもたちの中にも宇宙がある。そこから始まる物語も、誰とも違う、たったひとつの物語。

新しい緑がまぶしい季節、
生命の持つ力に敬意をこめて。


(右は奈良・春日大社の砂ずりの藤、左は春日山の中でからみつきながら高みで咲いてる野生の藤)

”暑さ”の向こう

  • 投稿日: 2016年09月01日 著者: 小野 恭子

小西先生がやってくると、まず一声、「あっぢ~!」
はい、暑いです、夏ですから。
にしても、暑い、とか、寒い、とかってなぜか口に出してしまう。
言ったところで変わらないんだけどね、とため息をつきながら。
これは、私ひとりが暑いんじゃないよね?という確認でもあり、
あなたも暑いなら、そこんとこで仲間だね、
と安心する材料なのかもしれない。

で、暑い暑いと言っているうちは、その中でどっぷりと、
実は“暑い”に甘えて安心しているところもある。
とりあえず暑いときは無理しないでおこうよ、とか、
夏のうちはしょうがないよね、とか。

でもふと、仕事が終わって外に出てみたら、
なにげに湿度の低い風が吹きすぎていき、
草むらの中からコロコロと虫の音が聞こえてきたり、
明けがた、薄手のタオルケットを引き寄せていたり、
朝の陽ざしが少しまるみを帯びてきたような気がしてくると、
ちょっとどきっとする。

夏、終わる?
気がつけば9月がそこに…。
“暑い”も“夏”も得意な方ではなかったはずなのに、
この焦るような、せつないような、さみしいような、
心の下の方がふるふると揺れるような落ち着きの悪さは
なんなんだろう?

もう“暑い”に甘えられなくなる。
もう今年の3分の2が終わってしまう。
そして…次の区切りは、
もう年末になってしまうのである…。

残された4ヶ月を、まだ少し“暑い”の言い訳ができる地点から
そぉっとのぞいてみると、
“寒い”が沈んでいるところまでは透き通っている。
その言い訳のできない、しばらくの時間を
これからそれぞれに、もくもくと、あるいはちゃくちゃくと、
進んでいかなければならないのかな…。
そうしたことのささやかな覚悟がかたまるまで、
ふるふると心は揺れてしまうのだろう。

なんてことを、ひぐらしの鳴く声に聞き入りながら思った
夏の終わり。
とはいえ、おいしい季節の始まりです!

なら燈花会@猿沢池

なら燈花会@猿沢の池

はじまりは赤ちゃんから

  • 投稿日: 2016年04月19日 著者: 小野 恭子

2008年10月、同志社大学の小さなプロジェクトのひとつとして“赤ちゃん学研究センター”が、京都府最南端の関西学術研究都市(けいはんな)の片隅で始動した。
たった4人の「はじまり」だった。
そして…。
2015年4月に同志社大学の先端的教育研究拠点として認められた。
目の前の“やらねばならない”と“やりたい”とを追いかけてきた時間は、長かったようにも思えるし、短かったような気もする。

ただ一番しあわせだったと思えることは、折に触れてひとり、またひとりと力を貸してくれる人たちがスタッフとして加わってくれたこと。
先日、けいはんな記念公園の満開のソメイヨシノの下で、歓迎会をかねたお花見をささやかに催した。全員がそろうことはできなかったけど、みんなの自己紹介を聞いていたら、いろんなエピソードが思い出され、ここまでの日々が赤ちゃん学研究センターにとって欠かせない時間だったと、あらためて実感できた。
hanami
あがいて、もがいて、動きまわった8年半は、もしかしたらまだ、おなかのなかで育っていた状態で、今、ようやくオギャァと外に出てきたところかもしれない。これからハイハイ、ヨチヨチ…と大きくなっていくのだとしたら、このさきの時間と経験もかけがえのないものとなるに違いない。

はじまりは赤ちゃんから。

どんな経験も、そこから学べば宝物。
赤ちゃん目線を忘れないセンターであり続けたい。
hanami2

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