私が医者になる勉強をしていた、はるか昔、赤ちゃんの行動の主体は「原始反射」と習いました。「原始反射」とは外からの働きかけに対して勝手に身体が反応する動きのことです。それからずいぶん時間がたち、いろんな研究が進んできたにもかかわらず、今もまだ、同じことが唱えられていることは驚きです。
ちょっと訓練を受けた人ならだれでも、赤ちゃんに特定の刺激を与えて決まった運動を誘発することができます。再現性があって、可視化できる。だから原始反射はこんなにも長い間、小児科学などの分野で“赤ちゃんの運動の基本”とされてきたのです。でも本当にそれだけでしょうか?
赤ちゃんの様子をよく見てください。誰も何もしないのに、自分でモゾモゾともがくような運動をしていることがありませんか。実はそうした動きの方が反射よりず~っと長く見られ、また誰もが見ているのですが、この運動が学問的に認知されたのは20世紀後半になってからなのです。この運動をジェネラルムーブメント(GM)と呼び、研究対象としたのが私の恩師プレヒテルですが、今ではロボット工学研究では当たり前のように取り扱われています。案外、こういったこと…つまり視界に入りながらも見落としていること、専門家ほど見えなくなっていること…は、いろいろな分野でありうるのかもしれません。
見えやすいものや見やすいことにだまされるな、ということを研究する上では常に思っておくことが重要だと思っています。