発達心理学でもっとも有名な実験:アルバート坊や

発達心理学でもっとも有名な実験:アルバート坊や

  • 投稿日: 2018年04月20日 著者:              加藤 正晴

心理学を少しでも学んだ人ならば「アルバート坊や」と聞くと、「あぁ、あれね。授業でやったよ」と言うと思います。そして必ず「でもあれって、非道(ひど)い実験だよね。今だったら子どものトラウマになったらどうするの!非常識!と言われて実験すらさせてもらえなかったんじゃないかな」と続けるのではないでしょうか。

そう。これはまだ調査参加者の人権に対する意識がほとんど無い頃の赤ちゃん調査の物語です。誤解がないようにあわてて先回りをしてお伝えすると、今では調査参加者の人権が十分に尊重されているかどうかが、事前に厳しく審査されています(詳しくはあとがきにて)。あくまで昔話としてお読みいただければ幸いです。

と、前置きはこのぐらいにして、どんな実験だったか簡単にご説明しますと、、

何も知らない子どもに、ラット(実験用のネズミ)を抱かせながらガンガンとバケツを叩くような音を大音量で聞かせることを何度も続けたら、最終的にはラットをみるだけで泣き出すようになるんじゃないか、、を知りたいと思ってやってみたらそうなりました、というまぁ確かに非道いよねって言われるような実験なのです。

不幸なことに、この実験に参加した生後11-12ヶ月のアルバート坊やは、ラットを怖がるだけじゃなく、他のものにも恐怖を感じるようになってしまいました。もともと平気だった毛でふわふわしてるもの(ウサギ、イヌ、クマのぬいぐるみ、毛皮のコート、果てはひげの生えたサンタクロースのお面!)さえ怖がるようになってしまったのです。非道いのは実験者はもともとそれを狙って実験を始めていることです。

一応実験者のワトソン(行動主義の提唱者。とても有名な心理学者)を弁護するならば、彼は「人は遺伝で決まるのではない!経験がほとんどすべてを決めているのだ!」と考えていて、特に赤ちゃんは何も書かれていないホワイトボードのような存在で、経験とともに人格、知性、運動能力などが決まっていくのだと主張したのです。それを証明するための実験としてこんなことをしたんですね。彼はこんなことも言っています。「私に12人の子どもを預けてくれれば、弁護士、政治家、犯罪者、どのような人でもお好みに応じて育ててみせる」と。現在では、彼の考えは極端なものであって、遺伝と環境の相互作用で人は形作られると思われています。

いや、たしかにそのテーマは興味深いけど、どうして「恐怖の学習」を選ぶ必要があったんでしょうね。そしてその子はその後どうなっちゃったの?って思うのではないでしょうか。
今回のつぶやきは、これを調べた論文を紹介したいと思います。
先に言っておくとネタはこちらにあります。10年近く前のブログの記事ですが、当時これを読んでとっても印象に残っているので、こうやって皆さんにもお伝えしたく書いているというわけです。ワトソンの実験の様子を説明した動画もそちらにあるので見に行って下さい。(2020.4.1 追記 久しぶりに来たらリンクが切れています…かわりに、もともとの論文をご紹介しますね。Beck, H. P., Levinson, S., & Irons, G. (2009). Finding Little Albert: a journey to John B. Watson’s infant laboratory. Am Psychol, 64(7), 605-614.)

このブログで紹介されている論文によると、この人らしいという人は見つかったけれど、すでに亡くなっていたそうです。でもその途中で様々なことが分かります。
たとえばアルバートのお母さんはワトソンの職場の近くの病院で働く乳母であったこと。なぜ彼女がこの実験に子どもを参加させたのかは分からないけれども、参加費用が高額だったせいかもしれないこと(彼女は一度来訪する毎に1ドル(当時のこの職の女性にとってはかなりの金額)を受けとっていました)。アルバートは偽名だった可能性が高いこと。母親は偽装結婚で子どもを産んでいたこと。などなど。。当時は研究倫理の考え方がありませんでしたから、ワトソンは社会的弱者を利用する形で研究を進めたと言われてもしょうがないですね。現代の観点からは批判すべきところです。

そもそもこの論文は当時の社会においても議論の的となる研究だったようです。そんなときに彼は共著者の女子学生とのラブロマンスをすっぱぬかれ、奥さんに離婚され、解雇されます。その後彼はアカデミックの世界からは姿を消します。
(ただ彼自身は有能な人物だったのでしょう、その後世界有数の広告会社(J. Walter Thompson)へ転職した後、副社長まで上り詰めます。心理学オタクのための小ネタを付け加えておくと、ワトソンはその後生まれた二人の子どもにウィリアムとジェームズという名前をつけています。繋げて読むとウィリアム・ジェームズ。これまたとても有名な心理学者です。きっと心理学にはまだ未練があったのでしょうね。)

一つの論文の中にもドラマがある。そんなお話しでした。

<必ず読んで欲しい、ささやかなあとがき>
前置きにも書きましたが、こんな非人道的な調査は、今はどこでも行われていません!
私たち赤ちゃん学研究センターでは、赤ちゃん調査を行う場合、研究倫理審査委員会に研究計画を提出して審査してもらい、承認を得てから行っています。審査は、目的にとって不必要なことを行っていないか、参加者の権利を侵害していないか、個人情報の保護は十分かなど、複数の視点から行われ、特に医学系審査の場合は承認が下りるまで2,3ヶ月かかることもよくあります。

これからご参加を検討されている保護者のみなさま、どうぞご安心してご参加下さい。

なによりも、赤ちゃん調査は普段の育児とは違う観点からお子さんを見る事ができるチャンスです。ゆったりとした調査室で調査の目的を研究者本人がご説明し、納得できなければ途中でやめることもできます。調査が終わればその場で結果についてご説明もいたします。お母さんだけでなく、お父さんにもぜひご来館いただき、我が子の新たな側面を一緒に見つけてみませんか?

スタッフ一同お待ちしております。

赤ちゃん学と深い関係のあるソシュールのお話もよろしければこちらからどうぞ!

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