日々あまりに忙しいと、自分が何を志してこの年までやってきたかもすっかり忘れている時がある。なかなか委員になってくれる人がいないので、引き受けざるを得なかった母校東京藝術大学音楽学部の同声会埼玉県支部の運営委員。今年度は2年に一度のコンサート開催年なので、「会計担当(計算が超不得意というのに)」として結構緊張して過ごしていたが、いやー!やっててよかった!(・・・どこかで聞いたフレーズですが)。声楽家をめざして声を作り上げることに血道を上げていた日々がよみがえってきて、背筋がしゃんとなった(気がした)。
そして。コンサート当日は裏方に徹したのだが、洋楽演奏の間に設定された「邦楽」演奏の舞台は思いがけずじっくり聴く事ができた。演奏曲目は「五段砧」で、箏曲ながら尺八も入り、華やかさと静謐さもあるまさに絶妙な演奏だった。この曲は1830年から44年ごろ(天保年間)に光崎検校によって作曲されたもので、箏曲の近代史を創ったものであるという。近くなったり遠くなったり、二竿(山田流と生田流)の箏と尺八の波打つ響きは豊かで、心に沁みた。
このところかなり記憶が怪しくなっている母が繰り返す一つ話に、祖母が奏でる箏の音色がある。秋の月夜に明かりを消し、祖父を慕って集まった青年たちが縁側を開け放った座敷で、静かに響く箏の音を身じろぎもせず聞き入っていた絵のような風景。小学生だった母と若かりし祖母の姿はとうてい想像もできず、箏の音だけ想像するしかない。
小・中学校の音楽科では「邦楽」も子どもたちは学習しているのだが、多種多様な音や音楽が身近に溢れかえっている現代で、箏の音は子どもたちにどんなふうに聞こえ、受け止められているのだろうか。これ、赤ちゃん学でも研究してみたいものです。